5月に入って、小津安二郎監督の「紀子のりこ三部作」 (1949年 「晩春」、1951年 「麦秋」、 1953年 「東京物語」 ) から、『晩春』と、『麦秋ばくしゅう』 の 2作品を観ました。
季節の挨拶、「晩春の候こう」 は、4月下旬から 5月上旬 までを言うそうです。
そして「麦秋の候」 は、黄金色に実った麦の収穫時期であり、刈り入れ時期の5月終わりから 6月初旬あたり、5月31日から6月4日頃 を指すとのこと。
梅雨入り前の季節にピッタリの題名が付いた映画を観ると、スクリーンに映る青葉や、海岸の潮の香りが、より共感、感情移入できる というわけです。
レーザーディスク: パイオニアLDC SF068-0026
『晩春』 (1949年、松竹、108分、白黒 )
出演:原節子、笠智衆、月丘夢路、杉村春子(文学座)、三宅邦子、青木放屁、桂木洋子、坪内美子、清水一郎、宇佐美淳、三島雅夫 他
この映画は、太平洋戦争の敗戦から 4年目、オキュパイドジャパン――アメリカ軍の占領下で製作されました。 鎌倉を舞台に、空襲などで壊滅状態になった都市部の庶民の平均的生活ぶりからは程遠い、ゆったりとした家族の姿があります。
戦争の傷あとが直接見えない、やや上流階級・富裕層の生活ぶりが描かれていたので、篠田正浩、大島渚、吉田喜重たちから、“ブルジョア映画” と批判されもしました。
皮肉なことに、フランスやイギリスあたりで上映されると、障子や襖などの“薄っぺらな壁”の、そして、ペンキ代も払えない“未塗装”の木造家屋や、板塀、舗装されていない水たまりのある生活道路などから、貧しい階層の人々の生活を描いた映画と映ったそうです。
レーザーディスク: パイオニアLDC SF088-0027
『麦秋ばくしゅう』 (1951年、松竹、124分、白黒 )
出演: 原節子、笠智衆、杉村春子、 淡島千景、三宅邦子、菅井一郎、佐野周二、
宮口精二(文学座)、二本柳寛 他
鎌倉の海岸に打ち寄せる波音から始まり、飼っている小鳥の鳴き声、そしてオルゴールが奏でる「埴生の宿」※ が流れて、物語が静かに進んでいきます。
※ 「埴生の宿」 といえば、市川崑監督 『ビルマの竪琴』(1956年) でも重要な歌でした。
昭和25・26年当時の、北鎌倉驛。 江の島。 国鉄横須賀線の電車や鎌倉大仏。
それぞれのランドマークが懐かしくもあり、のんびりした映像が新鮮に映ります。
ラストシーンで広がる奈良の麦畑。 監督談によると、麦の穂は、戦死した日本兵を表しているらしい。小津監督自身も中国戦線で、山中貞雄ら戦友を亡くしており、万感の思いを、抑制した画面に投影しているのでしょう。
それにしても、杉村春子が絶品です。 比較しては酷ですが、最近の朝のテレビ小説に出てくる助演女優たちの劣化が浮き彫りになります。 演出の問題かな。
また、上野の国立博物館前の池庭で両親がつぶやく 「今が一番いい時なのかも知れませんねぇ。」 が身に沁みます。
2年くらいして また観たくなる映画。 そのたびに発見があります。
DVD:『麦秋』 COSMO COORDINATE INC.WANC-089 (PRESSED IN TAIWAN)