羊の置物を飾りました。昨日、妹夫婦から送ってきた祝いの品です。
干支 祝羊 人形師 本田宗也(としや)作
来年の干支が「羊」で盛り上がっている時に、「酉」の話題から。
NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」が放送中。「日本のウィスキーの父」と呼ばれるニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝と妻リタをモデルにした連続ドラマです。
NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」が放送中。「日本のウィスキーの父」と呼ばれるニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝と妻リタをモデルにした連続ドラマです。
1923年、大阪の洋酒製造販売 寿屋(現サントリー)社長の鳥井信治郎が、日本初の本格ウイスキー製造を企画して、スコットランドへ渡り技術を習得した竹鶴を山崎の工場に呼びよせます・・・
ここで、サントリーの社名の由来を紹介しましょう。
社名を決める時の決め手になったのは、主力商品「酒」の字を分解し「三」と「酉」。また前述の「鳥井さん」をひっくり返して「さん鳥井」。 感動秘話です!
サントリー ローヤルのボトルにも「酉」の字が潜んでいます。正面から見てみましょう。「酉」のカタチそのものです。栓は神社の鳥居をイメージしたそうです。
世界に誇れる素晴らしい意匠ですね。
サントリー ローヤル 700ml
空き瓶を窓辺に置きます
多面体のボトルですから光が通過すると琥珀の海が現れます。
始めにリンゴ果汁製造「大日本果汁株式会社」を設立します。 その「日」と「果」でニッカです。 これも感動秘話です!
朝ドラ後半の舞台、余市を私が初めて訪れたのは学生時代、1982(昭和57)年の年末でした。
上野から急行まつしまと特急はつかりを乗り継ぎ、青函連絡船八甲田丸で北海道に上陸。道内は、日本三大寮歌のひとつ「都ぞ弥生」で知られた北海道大学構内の学生寮「恵迪寮」(けいてきりょう)と稚内の旅館「さいはて」を除いて、各地のユース・ホステルを拠点に旅しました。
余市駅前 1982/12/27
国鉄 余市駅
ニッカウヰスキーの聖地 余市蒸溜所 奥に発酵棟が見えます 1982/12/27
守衛所の方に九州から来たことを告げると、見学者一人の私の為に
ガイドさんを呼んできてくれました。
工場案内は独占状態。 雪の精に見えました。
1936年完成のポットスチル
白い恋人のようなガイドさんが撮ってくれました。
完
完は まだ早かった。続きがあります。
北海道大学 「恵迪寮」寮歌 「都ぞ弥生」歌詞二番
豊かに稔れる石狩の野に 雁(かりがね)遥々(はるばる)沈みてゆけば
羊群声なく牧舎に帰り 手稲の嶺(いただき)黄昏(たそがれ)こめぬ
雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢(こずえ) 打振る野分(のわき)に破壊(はゑ)の葉音の
さやめく甍(いらか)に久遠(くをん)の光り
おごそかに 北極星を仰ぐ哉
年末年始に帰省しなかった寮生たちと、深夜まで酒を交しながら寮歌を歌ったのは、言うまでもありません。
日本の寮歌祭が高齢化の為、終焉を迎えるところが増えています。
当時、日本で一番バンカラな学生寮だと言われた北大「恵迪寮」 (けいてきりょう)
でしたが、学生運動の反動や若者の個室化で、近年スマートな寮に変身しています。時の流れなのでしょう。寮歌 「都ぞ弥生」は、歌い継がれてほしいものです。
今は無き北大「恵迪寮」(けいてきりょう)の正面入り口
一宿一飯の恩、忘れません。御世話になりました。 1982/12/29
北大キャンパス内 1982/12/28
北大キャンパス内 1982/12/29